四季の遊び 京都芸術センター


打楽器で参加してきました。

真剣に 遊ぶ ことが、こんなに楽しいんだと初めて知りました。

2月の公演の時にもあったんですが、

この世とあの世を繋ぐ音が、
自分の肉体から発している時間もまた体験しました。

でも自分はそれを出している肉体感覚がない、聴いているだけ。
それか、見ているだけという。

全力で想いを込めたこと、
その記憶だけが自分の身体に残っているんです。

。。。。。。。。。
以下、出会った興味深い文章だよ~(笑)

片目を閉じてウインクする、小さく微笑みかける行為は 
「愛している」のサインであるとどうして判断できるのか
(・・・うなる池上)
愛している♡♡♡ でも愛していることを保証するものではない
(ホンマや・・・池上)
愛している、愛していないかは言葉に出さなくても色に出てしまう
(マジか?池上)
だからそれを悟られないように心にもない態度をとったりする
(なんでやねん!池上)
愛している気持ちは伝えたい、しかしその気持ちを
相手に受け止めてもらえないかもしれない
(なんやねん、それ!!池上)
だからこの「微妙なニュアンス」で示そうとする
態度こそが 本当の想いなのだ
(どういうことやねん?!池上)

「四季の遊び 京都芸術センター」への1件のフィードバック

  1. 久しぶりの池上英樹さんのパーカッションでした。
    もっとたくさん聴いていたかったです。
    奈良も楽しみにしています。

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