ひまわり


怒ってる、と書いた日のアクセスがすごいんすけど(笑)
毎日見出し、というかタイトルを考えるのは
いい練習になるな=。

自分で曲を書き出したのは、さかのぼれば高校生の時だった。
最近のような気がしていたけど、
先日会った後輩に、大学の時もいろいろ書いたのやりましたよね、
と言われて、そうだったっけ?
記憶はホント曖昧なものですな。

母とも久しぶりにこれでもか、としゃべって
自分の子供の頃の話や、最近おじさんが亡くなったときの
ドラマチックな話、あ、これ書いてもいいかな??

2年前の7月にお世話になったおじさんが亡くなったんですが、
知らせを受け、夜中に山梨に飛んでいった。
2時くらいに亡くなった、ということで体はすでに
自宅に戻ってきていたんですが、
母も葬儀に出すのは初めてらしく、突然のことで
どうすればいいかわからない。
いろいろ送る準備をする中で、僕はおじさんの知り合いにも
知らせないといけない、と思い、携帯電話や残されたメモを
調べていた。

携帯に入っている連絡先をノートにメモしていくと、
一件だけ電話番号がわからないのに、名前を書いている人がいた。
<どうしてだろう?>
と思ったが、そして、メールの方もチェックしてみたら
亡くなった2時のあと4時半くらいに
Cメールで
「今でもずっと愛しています」
と絵文字いっぱいの、送られていないメールがあった。
それは、携帯の名前だけの人へ向けたものだった。

誰が打ったものなのか、今でもわからない。
亡くなったの日はおじさんの誕生日が終わった夜中だった。
前日まで普通にしゃべって、歩けていたのに。
それから生きていることは、魂が動かしているんだと
思うようになった。身体はただの乗り物。

おじさんの部屋の中から、50年前の日記が1冊だけ
いつもの本棚に置かれてあって、そこにはその方に
対する想いや、50年前の家族のこといろんなことが
書かれてあった。

その方は実在している方だ、というところまでは
わかったが、それ以上は詮索しないことにした。

おじさんはずっと前から、ひまわりの愛のテーマを
弾いてほしいと僕にリクエストしてくれていた。

おちゃらけた、明るい人だったから、どうしてそんな
暗い曲を?と思っていた。
編曲を頼んだりいろいろ応えようとしていたのだけど、
いいのができなくて、やっと自分で編曲して演奏する
ことが決まっていた、少し前に旅立った。

そのあと音楽祭で、おじさんが入院していた病院でも
弾いたから、届いてるとは思うけど。

何が事実かはわからないけど、僕にとってのおじさんは
ひまわり、になりました。
今も車の中に飾ってあります。

ひまわりの愛のテーマ、ご興味ある方は聴いてみてください。
胸をかきむしられます。

乱文乱筆失礼!

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