モザイク


3月になりましたね! 
3月26日(日)に今年初のモザイクをやります。
15時開演 チケット代2500円(当日3000円)
ギャラリー南製作所 東京都大田区糀谷2-22-2 03(3742)0519
ホームページ・コンタクトからメールでも受付いたします。
いろんなホールでやってきましたが、初の工場跡でのモザイク。
どんなことになるか楽しみです!

MOSAIC モザイク・シリーズは2014年から始まった自作自演の一人舞台です。

偶然って神ってる


アンデルセン曰く、
自分が見にくいアヒルの子だと思っていたころは、
こんなにたくさんの幸せがあるなんて思ってもみなかった

俺も自分のこと、よく茶化して醜いアヒルの子って思って、言ってたから
ドキっ!

これは!

なんだかね、シンクロニシティがいっぱい起こるんよ、この頃
(危ない奴ではない!ないと思う、ないかもしれない、いやちょっとは覚悟をしておけ)

四季の遊び 京都芸術センター


打楽器で参加してきました。

真剣に 遊ぶ ことが、こんなに楽しいんだと初めて知りました。

2月の公演の時にもあったんですが、

この世とあの世を繋ぐ音が、
自分の肉体から発している時間もまた体験しました。

でも自分はそれを出している肉体感覚がない、聴いているだけ。
それか、見ているだけという。

全力で想いを込めたこと、
その記憶だけが自分の身体に残っているんです。

。。。。。。。。。
以下、出会った興味深い文章だよ~(笑)

片目を閉じてウインクする、小さく微笑みかける行為は 
「愛している」のサインであるとどうして判断できるのか
(・・・うなる池上)
愛している♡♡♡ でも愛していることを保証するものではない
(ホンマや・・・池上)
愛している、愛していないかは言葉に出さなくても色に出てしまう
(マジか?池上)
だからそれを悟られないように心にもない態度をとったりする
(なんでやねん!池上)
愛している気持ちは伝えたい、しかしその気持ちを
相手に受け止めてもらえないかもしれない
(なんやねん、それ!!池上)
だからこの「微妙なニュアンス」で示そうとする
態度こそが 本当の想いなのだ
(どういうことやねん?!池上)

黄昏のビギン 歌詞


先日のコンサートの曲での歌詞特集!楽器ですが、詩の世界を体に入れるとメロディーが何通りにも動き出します。

永六輔さんの詞。

雨に濡れてた たそがれの街
あなたと逢った 初めての夜
ふたりの肩に 銀色の雨
あなたの唇 濡れていたっけ
傘もささずに 僕達は
歩きつづけた 雨の中
あのネオンが ぼやけてた
雨がやんでた たそがれの街
あなたの瞳に うるむ星影

夕空晴れた たそがれの街
あなたの瞳 夜にうるんで
濡れたブラウス 胸元に
雨のしずくか ネックレス
こきざみに ふるえてた
ふたりだけの たそがれの街
並木の蔭の 初めてのキス
初めてのキス

バチンの少年 どんな歌詞?


久々の投稿です! やっとブログが再開できるようになりました。

最近よく弾いているピアソラのバチンの少年の歌詞を。オラシオ・フェレールによる詩です。

彼は夜になると焼肉店(バチン)のテーブルを回ってバラの花を売る。汚れ顔、ブルージーンの小天使。肉焼きグリルの上に
月は輝いているが、彼の食べるのは月とすすのパン。彼は毎日悲しみの中で夜明けを嫌がる。公現祭1月6日の朝が彼にも来たが、さかさまの星を伴い、3匹の猫の賢王が彼の靴をかっぱらう、左の片方を、もうひとつも。

チキリン、お前の一束をおくれ、そうすれば俺も自分の恥を花にして売り歩こう 3本のバラで俺をひっぱたいてくれ
お前の飢えが理解できなかった その借りが痛むように チキリン

太陽がお勉強用のエプロンを着た子供たちを照らす頃、彼が習うのは知らねばならないたくさんのゼロ。彼は母の方を見る、
彼女は周りをうろついているが、彼の方を見ない。
ごみ箱で迎える朝に、ひとかけらのパンとスパゲッティ1本で凧を作る、それは遠くへ行くために。でもここに残り続ける。
彼は不思議な人、千歳の子供、心の中の紐がこんがらがっている 

チキリン、お前の一束をおくれ、そうすれば俺も自分の恥を花にして売り歩こう 3本のバラで俺をひっぱたいてくれ
お前の飢えが理解できなかった その借りが痛むように チキリン

Por las noches, cara sucia
de angelito con bluyín,
vende rosas en las mesas
del boliche de Bachín;
si la luna brilla
sobre la parrilla,
come luna y pan de hollín…

Cada día en su tristeza
que no quiere amanecer,
lo madruga un seis de enero
con la estrella del revés;
y tres reyes gatos
roban sus zapatos,
uno izquierdo y el otro… ¡también!

Chiquilín
dame un ramo de voz
así salgo a vender
mis vergüenzas en flor…
Beleame con tres rosas
que duelan a cuenta
del hambre que no te entendí,
Chiquilín…

Cuando el sol pone a los pibes
delantales de aprender,
él aprende cuánto cero
le quedaba por saber;
y a su madre mira,
yira que te yira,
pero no la quiere ver…

Cada aurora, en la basura
con un pan y un tallarín,
se fabrica un barrilete
para irse y sigue aquí!
Es un hombre extraño
– niño de mil años –
que por dentro le enreda el piolín…

ムート


自分のために探した記事。

『記憶はこぶを作り出す。「私」という固定観念、エゴだ。
そして、この「私」と呼ばれる偽の実在は常に死を恐れる。

それこそがあなたが新しいものを恐れる理由だ。
本当のあなたではなく、この「私」が恐れているのだ。

本当のあなたは恐れを知らないが、エゴは恐れる。
なぜならば、エゴは死ぬことを極端に恐れるからだ。

エゴは偽りであり、恣意的で、寄せ集めだ。
それはいつなんどきバラバラになるかわからない。

そして新しいものが入ってくると、恐れが生まれる。
エゴは恐れ、バラバラに壊れるかもしれない。

エゴは努力してやっと1つにまとまり、
1つになっていたのに、今そこに新しいものがやってくる。
それは破壊的な事態だ。

これが、あなたが喜んで新しいものを受け入れられない理由だ。
エゴは自分の死を喜んで受け入れることができない。

どうして自分自身の死を喜んで受け入れられるだろうか?

自分はそのエゴではないとあなたが理解しなければ、
あなたは新しいものを受け入れることはできないだろう。

あなたの過去からの意思や指示や衝動なしに行動しなさい。
それは瞑想的に行動するということだ。

思いのままに行動しなさい。
その一瞬に決めさせなさい。
自分で決めてはいけない。

なぜならば、その決定は過去からやってくるのであり、
新しいものを壊してしまうからだ。

ただ、子供のように瞬間的に行動しなさい。
あなた自身を完全に瞬間に委ねなさい。

すると毎日が新しい開花であり、新しい光であり、
新しい気づきであることを発見するだろう』

osho

そして笑いたい


苦しい事もあるだろう
言いたい事もあるだろう
不満な事もあるだろう
腹の立つ事もあるだろう
泣きたいこともあるだろう

これらをじっと我慢してゆくのが
男の修行である

山本五十六

原宿駅で見た広告


久々です。

スポーツ店の広告が晴れた空にピッタリだったので、
載せてみます。

風はスピードだ。
カラダはマシンだ。
歓声はエネルギーだ。
緊張を練習量でカバーしよう。

限界を集中力でブレイクしよう。 

繊細でなければ、大胆になれない。 

一瞬でも気を抜けば、勝利が逃げてしまう。

ゴールは終点じゃない。 レコードは壁じゃない。 

挑戦すること。 プレイすること。

そこに、理屈はいらない。 

それが、最高に気持ちいいから。

打楽器奏者・マリンバ奏者、パフォーマーとして活動する池上英樹の日々の切り取ってお伝えしています。